台湾

城隍廟と、嘉義城隍廟の厄除け行事「夯枷」にて台湾文化を感じる

台北を観光するなら、みなさんはどこへ行きますか?

台北101、故宮博物館、西門町……など挙げれば結構キリがないのですが、その中で「迪化街(ディーホヮージエ)」と「台北霞海城隍廟(タイペイシャーハイチェンホヮンミァオ)」を行程に入れている方も少なくないことでしょう。

台北霞海城隍廟は、縁結びに大変ご利益のある月下老人が一緒にお祀りされているということでとても有名ですから。

でも、ちょっとまってください。台北霞海城隍廟は「城隍爺」という神様の廟です。

月下老人があまりに有名過ぎて、台北霞海城隍廟が月下老人の廟であると勘違いしているなんてことはありませんか?

うっかり月下老人にだけお参りして、城隍爺へのお参りを疎かにしているなんてことありませんよね??

廟の一番奥に鎮座ましましているのが月下老人だと勘違いしたりしていませんよね???

台北霞海城隍廟の主祭神は城隍爺なので、まずは城隍爺にしっかりお参りしてくださいね。

でも、月下老人は恋愛の神様ですからわかりやすく願い事もしやすいですが、城隍爺がどのような神様なのかわからなければ何をお願いして良いかも分かりませんよね?

そこで今回は皆様が城隍爺にお参りしやすいように、城隍爺並びに城隍廟がどのような神様や廟であるのかというお話を、先日私が参加した「嘉義城隍廟」の「夯枷」という行事とともにご紹介させていただこうと思います。

城隍廟と城隍爺

では城隍廟とは何かという話ですが、これは土地を守る神様である城隍爺がお祀りされている廟のことを指します。

日本人に一番有名なのは台北霞海城隍廟ですが、台北にはここ以外にも城隍廟と名前のついた廟がいくつかあります。

台北駅から近いところであれば「台湾省城隍廟」、またMRT松山駅の近くにも「松山霞海城隍廟」。もう少し足を伸ばしたところなら、MRT三重國小駅近くにも「三重城隍廟」があります。城隍廟は台北、ひいては台湾中の至る所にあるのです。

この廟にお奉りされている神様はみな「城隍爺」ですが、実は中の神様は土地によって異なります。

城隍爺は役職で、その役職に就いている中の方がそれぞれ違うのです。

どのような方がお役目に就いているかというと、生前公平で私心私欲を交えず仕事を行い多く功績のあった人が、死後、玉皇大帝という最も偉い神様やその配下である関帝から、当人に縁のある土地の城隍爺に任命されると言われています。

城隍爺のお仕事とは?

では城隍爺は何を司どる神様なのかというと、この役職のお仕事はその土地ならびに城市(現在でいう街のこと)の守護神となることです。そうして、私達が住む世界の公共の秩序と安寧を守っています。病気を退けたり、厄除けしてくださったりもします。

また死後の世界において城隍爺は司法官でもあり、人間が生きている間に悪事を記録します。かなり色々なお仕事をされている神様なのです。

公共の秩序と安寧を守りつつ、しっかり切符も切っている……まるでおまわりさんみたいですね。

城隍廟は実はランクがある

城隍廟ですが、実は廟によってランク分けが存在します。

ランクが高い順に並べていくと、最高ランクの城隍廟は「都城隍廟」と「府城隍廟」、以降「州城隍廟」、「縣城隍廟」と続きます。 台湾には新竹に1つ都城隍廟があるのと、台南に1つ府城隍廟があります。

この2つが台湾では最高ランクの城隍廟とされています。

今回私が「夯枷」という行事に参加させていただいた「嘉義城隍廟」は、もともと縣城隍廟でしたが、1875年に皇帝より加封されて、州城隍廟にランクアップしました。台湾で唯一加封された廟だそうです。

都城隍廟、府城隍廟と同じく州城隍廟も台湾に1つしかありません。最高ランクの城隍廟に続き台湾に1つだけしかない州城隍廟ですから、嘉義城隍廟のランクもとても高いということになります。

どうしてランクがあるかというと、それは道教の神様にも官僚制度があるためです。例えていうなら、交番や派出所の上部組織に警察署があり、その上に県警察本部や府県警察本部、道警察本部や警視庁があるようなものでしょうか。

因みに、昇進も左遷もあるそうです。神様業も楽じゃないですね。

嘉義城隍廟の「夯枷」という行事に参加してきました!

私がこの度お邪魔させていただいた城隍廟の行事は、台湾の南の方にある嘉義市の城隍廟、嘉義城隍廟で行われた行事です。

嘉義といえば阿里山の近くで、ここから阿里山鉄道に乗って阿里山に登ることもできれば、映画『KANO』で野球部員たちが農業について学んだ嘉義農林学校の後の姿である、国立嘉義大学を見ることもできます。

市の中心あたりで文化路、中山路、公明路、などが交わるところの円形交差点には、『KANO』の主人公である吳明捷さんがボールを投げるために大きく振りかぶっている姿が金色の銅像として設置されています。

嘉義の歴史はとても古く、実は台湾で一番最初に城市(都市のことです)が形成された所だったりします。

そうした古い歴史を持つ町ですから、市内のあちこちに古跡があります。 それは例えば通りの傍らにひっそりと残る「紅毛井(オランダ人が掘った井戸)」だったり、大きなお社に据えられた地蔵菩薩像(1600年代後半に渡台)だったりします。

そうした歴史という名の物語を持つ文物たちが、台湾南部らしいゆるゆると流れる時間の川底に埋もれながらも砂金のようにきらきらと輝いているのが、嘉義という町なのです。

嘉義城隍廟

嘉義の城隍廟である嘉義城隍廟は長い歴史のある町の廟だけあって、これまた長い歴史を持っています。

嘉義に最初に城隍廟が建てられたのは1715年。嘉義縣がまだ諸羅と呼ばれていた時代です。

そこから何度か修繕や改築、移築などを経て今の形となったのですが、興味深いのはこの嘉義城隍廟、日本統治時代にも大改装がされています。

台湾の歴史的な建築物には時折見られるのですが、建てられた年代によって大正○○年、昭和○○年などの年号が刻まれていることがあります。

こちらの嘉義城隍廟にも「昭和」という文字が刻まれた額が残されていたり、陶器で作られた日本語の和歌の對聯が残されていたりします。

私達にとっては見慣れた年号を異国の地で見るというのは、台湾並びに嘉義城隍廟が辿ってきた歴史の一端をこの目で見ているようで、なんとも感慨深い気持ちにさせられます。

その後1980年から再建がなされ、1985年の間に現在の形となりました。
ただし再建とはいっても、正殿の部分は日本統治時代の姿を残しているのだそうですよ。

夜巡りと夯枷についてお話するための前知識

さて、夯枷についてお話をさせていただくために、前知識として台湾のお盆である「鬼月」についてお話をいたしましょう。

日本にお盆があって地獄の窯の蓋が開くように、台湾にも鬼月といって、”あちらの世界”の門が開く期間があります。

台湾の鬼月は農暦の7月1日から1ヶ月間。農暦とは旧暦のことで、西暦と一致するものではありません。2018年は8月11日から9月9日まででした(西暦に沿って生活していると毎年異なります)。

この1ヶ月間の間、台湾の方々は普渡といって、ご先祖さまや無縁仏の供養を行います。美味しいものを沢山用意して、お盆やすみに帰省されている方々にこの世を楽しんでもらうのです。

因みに鬼月の鬼は、日本語で言うところのオニではありません。

中国語で鬼とは霊魂のこと。お盆休みに帰省されている方々などをして「鬼」といいます。

ただし鬼という言葉を使うとあまり良くないと言われているので「好兄弟」と呼ばれたりします。さしずめ良き隣人といった響きでしょうか。

中元普渡という行事

良き隣人方には農暦7月いっぱい羽を伸ばして頂き、7月終わりの日には心穏やかに”あちら”へお帰りになっていただきます。

そのために台湾の町中では農暦7月中、町の至る所で「中元普渡」という行事が行われます。自治会などの単位で良き隣人方を供養するのです。

農暦7月中ならいつ行ってもいいらしく、この期間は町中でたくさんのお供え物がテーブルの上に並べられているのを見かけます。

場所によっては爆竹を鳴らすので、突然近所で激しい破裂音がしてびっくりすることもあります。 自治会で行われるものの他、各廟でも年中行事として農暦7月末(2018年は9月9日が旧暦の7月30日でした)に中元普渡のイベントが行われます。

今回嘉義の九華山地蔵庵で行われた行事を見に行って来ましたので、そちらの様子をご紹介いたしましょう。

九華山地蔵庵の中元普渡

九華山地蔵庵では、ご先祖様や無縁仏にお供えするため食べ物を船に載せて川に流したり、たくさんのお供え物を一斉に並べて、その前でお坊さんが御経をあげたりといったことを行います。

あいにく私は農暦7月30日の方の行事だけしか見ることができませんでしたが、電飾できらびやかに飾られた地蔵庵の前にテーブルがたくさん並べられ、その上にごちそうがてんこ盛りになっているのは、圧巻の一言に尽きました。

好兄弟が盛大にお接待されていて、台湾の方々が如何に彼らを重んじているかというのがよく伝わってきます。

ステージの上には複数のお坊さんが座っていて、お教を読み上げています。

台湾の御経は日本のと少し異なっていて、独特のリズムとメロディがあります。お坊さんの声が渋くて素敵なのですが、複数名で読み上げているからか元々そういうものなのか、声がきれいにハモって美しい旋律を作り上げていました。

御経によって調子もそれぞれ異なるし、時々ひとりで読み上げる部分もあるし、なんだかアイドルグループのコンサートを見ているようでした。

読経の合間に、時々投げ餅や投げ銭があります。

私たちはそれらの光景を遠巻きに眺めていたのですが、おそらく近くで私達の日本語の会話を聞いていたのだろう青年たちが、親切にも投げ餅を少し分けてくれました。

頂いたお餅はこちら。 ……仏様の手かな? もちもちおいしくいただきました。

人々の優しさに触れ、神様や仏様って本当にいるよなぁ、と実感した件でした。

九華山地蔵庵

住所 嘉義市民権路255号

http://www.cydza.org.tw/

お帰りいただけなかった方々をひっ捕まえるための行事「夜巡」

さて、こうして農暦7月30日を以て良き隣人がたの夏休みは終了するのですが、自由に羽を伸ばせる夏休みが終わると聞いて、おとなしくあちらの世界へ帰ろうとは思わないのが人情というもの。

ついついこちらに居残ってしまう方々がいます。

そうした方々はもちろん、そのままにしておけません。

では誰がどうするのかというと、城隍爺とその配下が彼らを捕まえて激しく呵責します。「夜巡」とはその様を表現した嘉義城隍廟の年中行事の1つです。

捕らえられた方々に扮した人は「囚」の文字を背に負って、枷を掛けられ城隍爺の配下である役人たちによって市中を引き回されます。

昨日まで大々的にお接待されていたのが、一日過ぎてしまうと犯罪者扱い。良き隣人方もうかうかしてはいられません。

夜巡は昼の2時ごろから夜にかけて行われます。色々なイベントがあるので、比較的早い時間から始まるのです。

囚人である好兄弟や捕り方の役人などに扮した人々、また七爺、八爺(背の高い神様と背の低い神様で、城隍爺の部下にあたる)、八家将(護法神)に先触れをさせた城隍爺(こちらはお神輿に乗った像です)が市中を練り歩くのです。

ルートのマップは写真の通りなのですが、大変興味深いのが、人や車の通りの多い所など好兄弟が集まりやすいところを必ず通過するという点です。

そういう話を聞くと、嘉義の人々の生活の中に城隍爺という存在がしっかりと根付いていることを実感します。

「夯枷」という行事

夯枷とはどういうものかというと、これは夜巡の中の一パートです。

夯枷の「枷」は文字通りの「かせ」で、罪人が首にかけるものを指しています。さすがに木製の枷は掛けませんが、夯枷の参加者は枷に見立てて作られた黄色い紙を首に掛けて、市中をまわる城隍爺の後について歩きます。

台湾では嘉義城隍廟のほか新竹城隍廟でこの行事が行われています。

夯枷の目的としては、日頃の己を省み、犯した罪を城隍爺に告げて贖罪し、また前世の業を取り除いてもらう、というのが主な内容です。

「最近なんかうまくいかない」と思うときは、前世で自分が犯した罪によって被害を被った方々が現れて、城隍爺に「城隍爺、こいつがわるいやつですよ!」と告げているのだそうです。前世の業もなかなか怖いですね。

現在の一生で犯した罪は次の一生にも影響するという考え方が根底にあるので、上記のようにならないためにも、この活動でよくよく自己を反省し、正しい行いができるよう心を入れ替えましょうというわけです。

夯枷の実際の活動内容

それでは、ここからは私が実体験してきたことをお話します。

まず夯枷の参加方法ですが、嘉義城隍廟にて申込みが必要です。私は当日の朝の8時頃向かいました。

事務所はこの門をくぐって右にあります。

城隍廟の事務所で名前と生年月日と現住所を申請します。これ、廟でお参りするときに必ず神様がたにお伝えする基本の三点セット情報です。どこの廟へ行った時でも、かならずこの3つを神様にお伝えしてからお願い事をしてくださいね。

ちなみに生年月日は農暦(旧暦のことです)を用いるのだそうです。台湾でお参りをする時は自分の農暦の誕生日がいつになるか予め調べておくといいですよ。

この夯枷ですが、実は来ることができない家族の分を代理で申し込むことができます。その方が日頃着ている洋服などを持っていくと、服を身代わりとしてその方の分までお祓いを受けることができるのです。

来られなかった人の分の枷は、来ることができた方が替わりに背負います。参加者の方の中には、2つと言わず5つも6つも枷を掛けている方もいらっしゃいました。

家族思いな人の多い台湾ならではの光景です。

申し込みが済んで費用の600元をお支払いしたら、夯枷Tシャツをもらいました。

まだ朝のうちだったのですが、一緒にこの行事に参加する方にくっついて事務所の方にお邪魔する用事がありましたので、その時に場所をお借りして着替えさせていただきました。

夯は中国語で「人気」などという意味でも使われる言葉です。この服を着たら台湾で人気者になれるかも?

実際、活動が始まる前からこのTシャツを着ていたら、2回くらい写真を取らせてほしいと言われました……人気だったのはもちろんTシャツの方です。

このTシャツを着たほか、実際城隍爺について町中を歩くときにはオレンジ色の帽子も被りました。

そして絶対忘れてはならない、黄色い枷を首に掛けます。 枷にはやっぱり、自分の名前、生年月日、住所を記入しておきます。生年月日は農暦ですよ!

一度枷をかけたら、もうこれを自分で外してはいけません。ではどうやって外すのか? それはまたのちほど……。

大量の爆竹がけたたましく鳴り響いて、城隍爺の出立を知らせます。

一番偉い神様が前に立つわけには行きませんから、先触れとして背の高い七爺と背の低い八爺、それから八家将が続きます。

列の更に前の方には囚人に扮した人が乗った檻やその檻を引く役人たちが歩いているはずなのですが、夯枷に参加する場合は列のかなり後ろのほうについていく形になりますので、その方々の姿を写真に収めることができませんでした。

まだ行列が始まる前の風景ですが、唯一撮れたのがこちらの写真です。手前の方に役人さん役がいて、奥の方に小さく檻があるのが見えるかと思います。

八家将の後ろに城隍爺の乗った神輿が続き、その後を我々が歩きます。

ルートは上のマップの通りですが、マップ上のルートは夜巡の全行程で、夯枷で歩くのはその中の一部分だけです。嘉義城隍爺からスタートして、大体1時間弱歩いて終了です。

途中嘉義市内にある別の神様がお祀りされた廟の前を通るときは、爆竹を鳴らし廟に対してお神輿がきちんと真っ直ぐ正面を向くようにして、その廟にお祀りされている神様に御挨拶をします。

道教の神様方はこうしてお互いにきちんと挨拶をしますし、各々の神様のお誕生日にはお祝いの御挨拶に駆けつけたりもします。

お神輿を前後に三度揺らすのは挨拶、上下にゆらすのは神様が喜んでいるなど感情や動作に対してそれぞれお神輿の動きが決まっています。表情豊かで可愛らしいんですよ!

枷はどうやって外してもらうのか?

そのようにして城隍爺について市内を周り、市政府を少し過ぎたところで城隍爺のお神輿とは異なるルートを辿り、城隍廟へ戻りました。

それで終わりというわけではなく、その後城隍廟で道士の方に代弁してもらい、参加者がよく己の行動を反省し、正しい行いをするよう心がけるように決意したことを城隍爺にお伝えしてもらいます。

城隍廟に戻ったら、夯枷の参加者たちは廟の建物の前の広場に集まります。夯枷がスタートした地点に戻ってきて、そこで道士の方に祈祷の文言を唱えてもらうのです。

道士の方が唱えている文言は全部台湾語なので、残念ながら内容は全然わかりません。ただ、文言にあわせてかなりの頻度でお辞儀をする必要があるというのはわかりました。前の人がお辞儀をするのを見て、自分もあわてて頭を下げます。

かなり長い間祈祷文を唱えてもらい、多分20回以上もお辞儀をして、ようやく祈祷が終了します。祈祷が全て終わったら、ここでやっと、首に掛けていた枷を道士の方に外してもらうことができます。

長い間祈祷をしていただいたこともあり、枷を外してもらった時はなかなかに感無量でした。

紙でできた軽い枷のはずなのに、外してもらったら体が軽くなった気がしました。憑き物でも落ちたのでしょうか。

外された枷は、お炊き上げのような形でドラム缶の中で焼却されます。轟々と燃え盛るドラム缶のすぐ脇で、参加者一人ひとりに桃のおまんじゅうが配られます。これで全ての儀式が終了です。

燃え盛る炎を見上げながら、日頃からいい行いをするように心がけよう、と思いました。

夜巡にも行ってまいりました!

儀式も終わってスッキリした私達は、ちょっと休んでから再度夜巡を見に嘉義の街へ繰り出しました。

夜巡をしている城隍爺を追いかけて、レッツ追跡スタート! 小雨の降るなか、嘉e-bikeという電動バイクで城隍爺の神轎(神様の像が腰掛ける輿)を追いかけます。

そして今回偶然にも素晴らしいご縁を賜りまして、神轎の引手(お神輿の担ぎ手のような立場と考えていただければ)として加わらせてもらうことに!

嘉義の町中を廻る城隍爺の神轎に同行させていただき本当に貴重な体験だと思ったのは、神轎自体を引かせていただいたことももちろんですが、その神轎にお参りする嘉義の方々のお姿を拝見できたことです。

神轎を引かせていただいたのは時間にして1時間にも満たない程度だったかと思いますが、その間多くの方が城隍爺にお線香をお供えしたり、お供え物を差し上げたりするのを、神轎の傍らで見ることができました。また道の傍らに立っている人が、神轎に向けて微笑みながら手を合わせているお姿も。

小さなお子さんからお年を召された方々まで、城隍爺の神轎が前を通ると廟でお参りをする時と同じく、両手を顔の前で合わせて軽く上下させ、参拝の姿勢を取られます。それはまるで、嘉義の人々の純粋で美しい信仰心を、真正面から見ているような光景でした。

畏れ多い話ですが、城隍爺がいつもご覧になっている世界の一端を、その時の私は垣間見させていただいていたのかも知れません。

神轎を引いている城隍廟の方々は、そうして夜巡の進行ルート上に立って城隍爺にお参りをされる方々に大きな声で「平安(平穏無事を祈る言葉)」という言葉を返します。そして神轎をシーソーのような形で大きく上下に揺らします。これは、城隍爺が喜んでいるというのを表す動作です。

神轎が大きく揺れた後、私はなんとなくふと、その中にお掛けになっている城隍爺の姿を振り返りました。 城隍爺のお顔はその時確かに、微笑んでいらっしゃったように思います。

まとめ

城隍廟と城隍爺のお話並びに夜巡のお話、いかがでしたでしょうか? 皆様がお参りする時にこの情報が何かしらのお役に経てば幸いです。

今更ですがこうして外国人でも参加できる行事がありますので、神様がたに敬意を払いつつ、ぜひ参加に挑戦してみていただければと思います。

また夜巡は年に一度しかありませんが、参拝自体は嘉義城隍廟、九華山地蔵庵ともに年中行うことができます。

夜巡や中元普渡以外にもそれぞれ行事がありますので、そうしたタイミングを狙って参拝に行くと、もしかしたらなにか素敵な体験ができるかもしれません。

嘉義城隍廟

住所 台灣嘉義市吳鳳北路168號
https://www.facebook.com/cycht/

 

台湾が好きすぎて、ワーホリビザを利用し渡台した神奈川県産女子。
ワーキングホリデー期間中に仕事が見つかったのをいいことに、そのまま台湾に(合法的に)居着いて現在に至る。
都市部で美味しいものを食べ、古い町並みや廟を見るのも好きなら、海で泳いだり山を登ったりするのも好きと、
割と節操なく色々なところに出没しては遊び倒している。
主な燃料はコーヒーとミント。
時間がある時はよく新北市や台北市のカフェを巡って徘徊している。
最近は平日は看板猫のいるカフェでだらだらコーヒーを飲み、休日は海か山にいることが多い。

関連記事

  1. 台北で人気「姜太太包子店」で朝ごはん♪熱々の中華まんTOP3
  2. 台北通おすすめ☆有名店越え!?「黄龍荘」での海老まるまる小籠包
  3. 全18夜市を現地調査!タイプで選ぶ☆台北夜市の一覧
  4. 台北「高記」全店で小籠包を食べ比べ☆メニューや店内もご紹介!
  5. 台湾のネット投票1位の実力!點水樓の小籠包を食べてみた!
  6. 台湾高級茶と小籠包の人気コラボ♡台北レストラン「金品茶樓」
  7. 台北松山空港の近く!「小上海」で食べる肉汁たっぷりの熱々小籠包
  8. カラフル小籠包で人気の台北、楽天皇朝はおいしい!?

カテゴリー記事一覧

Twitter

HOUBOUレポーター!

サイト運営者

■隊長(管理人)

名前:もしかしてうさぎ(こまたろ)

当サイトの管理人。中に入っている人のプロフィールはこちら
趣味は旅行。主に東南アジアが多い。憎めないフォルムをしているが、基本的に偉そうにしている。
PAGE TOP